09.七日目 夜




「どこに、いるのっ……ライナー…!」



広い森の中を、ただひたすらに走り回る。
全ての木を、地を探した。何度も、何度も。
けれど、彼はどこにも見付からない。
次第に日が暮れてくれば、心は逸り焦るばかりで。
彼を見付けられないまま、既に空には星が瞬いていた。
この大きな森林地で小さな彼を探し出すことは、無謀だったかもしれない。





(それでも……今まで、ちゃんと見つけて来たじゃない……!)




そう、例え彼がどこに居たって、私はいつだって彼を探し出した。
だからきっと、今日だって。きっと。









「………っ、…!!」



視界を彩るものが月明かりだけになった頃、私はその影を見付けた。
ゆらゆらとか細い浮遊で、まるで堕ちるように一本の木へと向かう、小さな影を。
影の目指す先は、私が彼と初めて出会ったあの木だった。






「ライナー!!」


堪らず彼の名を叫んで、その影へと走る。
振り向いた影は、小さな目を真ん丸に見開いて私を凝視した。





「ライナー!よかった!」
「ナマエ……なんで…ここ、に…」


信じられないといった顔のライナーを、両手で掬い上げる。
手の中にすっぽりと収まった小さな体は、見るからに衰弱していた。



「っ馬鹿!何にも言わないで、一人で居なくならないでよ!」
「……ナマエ、俺は、」
「私、最期までライナーと居たいよ…!」
「…!」


怒鳴るように言い切れば、ライナーは私から目を逸らして、少しだけ笑った。
その笑みは普段の優しい微笑みとは少し違って、どこか達観したような自嘲の笑みだった。



「……分かってたのか。俺が、今日死ぬこと」
「そんなの、分かんないよ……私、馬鹿だから、サシャに言われるまで、なんにも気付かなかった…」



分かっていたなら、もっと早くにここへ来ていたに決まってる。
空が黒く染まっているのは、私の愚かさの表れだ。
それでも、私は来たんだ。あなたに会う為に。
だって、私、まだ何にも伝えてない。
仲直りだってしてないよ。




「ごめん、ライナー。私、酷いことしたよね。ライナーのこと傷付けちゃったよね。許して欲しいなんて、言えない、よね」
「……」
「でも、でもね。私、やっと気が付いたんだよ。ライナーと出会って、たくさん話して……いつの間にか、あの人よりもライナーのことを好きになってた」
「…ナマエ…」
「初めは、代わりだと思ってたかもしれない。けど、今は違うの!ライナーだから、たくさん会いたいし、話したいし……最期まで、一緒に居たいの」
「…ナマエ」


低い大好きな声が、強く私の名を呼ぶ。
ライナーは小さな手を此方へ伸ばして、私の頬に触れた。
ぴちゃりとライナーの手が濡れる音がして、初めて自分が泣いていることに気付いた。



「泣くな、ナマエ」
「……っ…、」
「俺は、嬉しかった。お前が、話し掛けてくれて…毎日ここに来て…楽しそうに笑って……そんなお前が、俺は、好きだ」
「らい、なー…」
「だから、笑ってくれ…いつもの笑顔を、見せてくれ」


弱々しく微笑むライナー。
それに応えるように、私もくしゃりと笑みを作った。
頬が引き吊って涙で歪んだぐしゃぐしゃの笑顔でも、ライナーは好きだと言った。
俺の為に笑うその顔が、俺は好きだと言ってくれたのだ。




「…っそうだ…私、ライナーに!仲直りしたくて、ライナーにあげたいものがあるの!」


努めて明るく言うと、ポケットに入れたままの小瓶を引っ張り出し、ライナーの前に翳す。
月光を浴びて輝くそれは、彼のためにと用意した、ごめんねの気持ち。




「これっ、蜂蜜!ライナー、蜜とか、甘いの好きだから…だから、謝りたくて、わたし…っ」


言いたいことは、伝えたいことは沢山あるのに、言葉がうまく纏まらない。
まるで幼い子供のように簡素で断片的な単語しか紡げない自分に、更に苛立ち焦って頭が真っ白になる。
それでもライナーは、そんな私の言葉に優しく微笑んでくれた。


「…私、ライナーに、いろんなこと言わなきゃいけないのに…なんにもうまく言えないや」
「それでもいいさ…俺は、ちゃんと分かってるから…」
「……っ、ライナー、私、ライナーが好きだよ。代わりなんかじゃなくて、本当に、大好き」
「…ああ…わかってる」



私を見上げるライナーの目が、次第に細くなっていく。
私の言葉に応えるライナーの声が、次第に小さくなっていく。
別れを匂わせるそれに、私の視界は更に歪んで、けれどライナーをはっきりと捉えようと涙を払った。
少しだけクリアになった視界に、ついに完全に目を閉じてしまったライナーの顔が写って。
小さく、小さく、ライナーの唇が動いた。






「……ありがとう、ナマエ……」



消えるような声で、しかしはっきりと私の耳に届いた声を最後に、ライナーの唇は、閉じた。








「……っ、ライナぁぁあ…!!」




冷たくなっていく彼を抱いて、私はただ、泣いた。












love for a week night

(おやすみなさい、愛しいひと)